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風ザナ1.5 第5話 貴族の末路

王都の復興が着実に進むなか、
クレーネを封印する装置も密かに建造が進んでいた。


アリオスとダイモスはモンスターの討伐と
クレーネの回収が一段落したので王都に戻ることにした。

「あっ、アリオス様だ!」
「アリオス様、お帰りなさいませ!」

王都に入ると道行く人々に挨拶される。

アリオス:
「ああ・・・。」

挨拶を返すもアリオスの笑顔はぎこちない。

ダイモス:
「アリオス様? いかがなさいました?」

アリオス:
「なんだか変な気分だ。
 まるで私を王のように扱っているような。」

ダイモス:
「アリオス様は邪竜の魔の手から
 この世界を救ったお方なのですから当然です!」

アリオス:
「私は王の器ではないのだがな・・・。」

ダイモス:
「誰もが王になろうとして なれるわけではありませぬ。
 アリオス様には王になられる資格は充分おありですぞ。」

アリオス:
「私は王にはならぬ。」

そこまで言うと互いにふっと笑った。
いつもの他愛無い会話だからである。

ダイモスも始めはヌースと同様アリオスを王にしたいと思っていた。
だが長く行動を共にするうちアリオスの意思を汲み取るようになった。
今はアリオス様のいる場所が我が祖国。ダイモスはそう納得していた。

王城の入口付近でヌース達が出迎える。

リュコス:
「いよう、アリオス!」

ヌース:
「お帰りなさいませ。アリオス様。」

アリオス:
「ああ。ただいま、と言っておくか。」

ヌース:
「立ち話で聞かれると厄介な話が多いのでこちらへ。」

アリオス達は会議室に移りそれぞれ席に着いた。

ヌース:
「まずはクレーネの件ですが。」

アリオス:
「私達が集めてきた欠片はこれだけだ。」

ダイモスがテーブルの上に包みを広げる。

ヌース:
「・・・3分の1ぐらいですな。」

パヴェル:
「私達が集めたものと合わせて約九割・・・。」

リュコス:
「ビミョーだな。こんだけ集まったなら喜んでいいのかな。」

ダイモス:
「まだ一割も残っているとみるべきか・・・。」

アリオス:
「残りはどうしよう?」

ヌース:
「まだ様子を見ましょう。
 焦って報奨金の額を上げるわけにもいきますまい。」

リュコス:
「え、なんで?」

パヴェル:
「値を上げるといろいろと逆効果になるんだよ。
 下手に値を上げると一部の人間に目をつけられ
 さらに値をつり上げようとする者が出てくるからさ。」

ヌース:
「そういうことだ。
 すでにギウダを手放した者は不平に思うであろうし。」

アリオス:
「わかった。ひとまずこれで良しとしよう。
 次にクレーネの欠片自体の対策はどうなった?」

ヌースは結界装置を作りクレーネを封印するという
エナス賢者の案を話した。

アリオス:
「そうか。ではまた私とダイモスは
 モンスター討伐に出かけるとしようか。」

ダイモス:
「はい、アリオス様。」

ヌース:
「いえ、お待ちください。」

立ち上がろうとするアリオスをヌースは制止した。

アリオス:
「どうかしたのか?」

ヌースとパヴェルは顔を見合わせ神妙な面持ちになった。

ヌース:
「アリオス様。マクリア国の噂はご存知ですか?」

アリオス:
「マクリアがどうかしたのか?」

リュコス:
「貴族のバカどもが取り入ってんだって。」

アリオス:
「どういうことだ?」

ヌースは貴族の残党がマクリア国に取り入り
軍を差し向けようとしていることを話した。

アリオス:
「そんな・・・。」

ダイモス:
「言葉もありませんな。」

アリオス:
「ヌース、貴族たちを追い出したのは
 やはりまずかったんじゃないか?」

ヌース:
「お言葉ですが、私はこれでも譲歩したつもりですぞ。
 働く気があるのなら王都にいても良いと。

 ですが彼奴らは聞き入れてはくれませんでした。
 相変わらず貴族の特権などという利己的で我がままな権利を主張するばかり。

 王都の復興の妨げにはなっても利になることは何もありませぬ。」

ヌースは本来なら働きもせず惰眠を貪った罪で
全員牢獄送りにしたかったほどなのだ。

アリオス:
「それは・・・、そうなのだが・・・。」

アリオスも民を顧みなかった貴族たちを
決して快く思っていたわけではない。

かと言って貴族たちを見捨てることにも納得はしていなかった。

アリオス:
「どうすればいい?」

ヌース:
「少しばかりお待ちください。
 貴族を追い出したのは私です。私が責任を持って決着をつけますゆえ。」

アリオス:
「貴族たちはどうなるんだ?」

ヌース:
「命は保証しますが。」

アリオスはまだ納得していないようだ。ヌースは溜息をついた。

ヌース:
「王都の外れに施設を作って年金生活を送るよう提案いたします。
 貴族どもがこれを拒否するなら永久に王都から追放いたします。

 ・・・これ以上は私も譲歩しかねますが。」

アリオス:
「すまない。頼りにしている。」

リュコス:
「相変わらずの甘ちゃんだなー、アリオスは。」

ダイモスが睨むとリュコスは肩をすくめた。

ヌース:
「では後はお任せを。」

アリオス:
「私にできることがあれば言ってくれ。」

ヌース:
「承知しました。
 ではアリオス様のお名前を使うことをお許しいただきたい。」

アリオス:
「わかった。他には?」

ヌース:
「ひとまずは待機していてください。
 ダイモスにはやってもらうことがあるが。」

ダイモス:
「おぬし自身で決着をつけるのではなかったのか?」

ヌース:
「私の兵だけでは無理があるに決まっているだろう。
 少しは協力しろ。」



ヌースが策を巡らせるなか、
マクリア国が戦争を起こすという噂が徐々に民の間に広まり始めた。

ダイモスは精鋭の部隊を率い隠密行動を取るため密かにマクリアへ向かった。

そしてマクリア国から一通の書簡が届く。
ヌースは文面を読み時期が来たことを悟った。

ヌース:
「アリオス様、これをご覧ください。
 マクリア国からの正式な公文書です。」

アリオスは文書を受け取ると目を見開いた。

アリオス:
「これは宣戦布告書じゃないか!
 いったい何をやっていたんだ!?」

ヌース:
「落ち着いてください。相手はすでに罠に陥っています。
 実はアリオス様の名の元にこちらから文書を送っていたのですよ。」

ヌースは国賊をかくまうマクリアに未来は無いなどと
挑発的な文書を送っていたというのだ。

アリオス:
「なぜそんなことを! 戦争になれば必ず犠牲が出るぞ!
 なんで話し合いで解決しようとしないんだ!」

ヌース:
「連中に話が通じないのはアリオス様とて承知のはず。
 ご心配無用。軍が衝突する前にマクリアは敗北いたします。」

アリオス:
「大丈夫だろうな・・・。」

ヌース:
「では策の内容をお教えいたしましょう。

 マクリア軍がマクリア国の外に出るのを待ち、
 出国したらルートル川唯一の橋を破壊する。

 その後マクリア軍内部に橋を破壊したのはモンスターだと触れ回る。
 これだけで軍は戦意を失います。」

マクリア国にはルートル川というイシュタリア屈指の激流がある。
それゆえ橋は一つしか作ることができず、マクリアの生命線でもあった。

その橋を破壊するとそれだけでマクリアは孤立してしまう。
軍の人間は帰ることができなくなり
さらにモンスターに破壊されたという情報を流すことで
言いようの無い危機感を煽ろうというのだ。

ヌースにしてみれば補給と退路を絶たれた軍の脆さは百も承知であった。

アリオス:
「あの橋を壊すのか!?」

ヌース:
「それしか方法はありませぬ。」

アリオス:
「しかしすぐに修理されるのでは・・・。」

ヌース:
「橋の修理ができる人夫はマクリア国は元より
 周辺の国まで全て買収いたしました。」

アリオス:
「やりすぎだろ・・・。」

ヌースの軍師時代の話はダイモスから聞いていたが
実際目の当たりにするとあまりの容赦の無さに
アリオスは呆れるしかなかった。

ヌース:
「本当ならモンスターを生け捕りにして
 実際に暴れさせたかったのですが、
 アリオス様の不興を買いそうなのでやめました。」

アリオス:
「当たり前だー!!」

そして二、三日もすると
ヌースの言ったとおり呆気ないほどマクリア軍は崩壊した。
ヌースはさらにマクリアに対して経済封鎖も密かに行っていた。

あっさりと降伏宣言を出したマクリアに対し
ヌースは貴族の残党を引き渡せば今までの事は全て無に帰し
改めて不干渉条約を結んでやると通告した。

マクリアには拒否する力は残っていなかった。
貴族たちは王都に逆らった罪で捕らえられ王軍に引き渡された。



ダイモスは王都に帰るなりヌースに詰め寄る。

ダイモス:
「ヌース! な〜にが楽勝だ!」

ヌース:
「なんのことだ?」

ダイモス:
「ルートル橋だ!
 叩いて渡った石橋を壊すようなものだったぞ!」

ヌース:
「ような、では無くそのものだろう。」

ダイモス:
「やはり分かっていて俺を差し向けたな・・・。」

ヌース:
「おぬしのような馬鹿力がいないとあれは破壊できん。」

ダイモス:
「まったく、だから貴様の策に乗るのは嫌だったのだ。」

アリオス:
「まあ、とにかく皆無事でよかった。」

ダイモス:
「アリオス様・・・。」

ヌース:
「アリオス様、マクリアとは不干渉条約も結びました。
 これでしばらくは大丈夫でしょう。」

ヌースの部下:
「失礼いたします!」

あわただしくヌースの部下が執務室に入ってきた。
アリオスの顔を見て慌てて敬礼する。

ヌース:
「どうした?」

ヌースの部下:
「は! 捕らえた元貴族に騒いでる者がおりまして、
 その、クレーネの欠片を持っていたようで・・・。」

アリオス達に緊張が走る。

ヌース:
「なるほど、残りはそいつが持っていたというわけか。」

ヌースの部下:
「それで、クレーネを破壊したのはアリオス様だと叫んでおるのです。」

アリオス:
「・・・ヌース!」

ヌース:
「悪あがきを・・・。
 アリオス様、決して一言も喋らぬようお願い申し上げます。」

アリオス達はわめく貴族と対面した。
周りの兵士達も少なからず動揺しているようだ。

貴族:
「よくも顔を見せられたものだな!
 これで貴様らも終わりだ!」

ヌースはクレーネの欠片を受け取ると本物であることを確認した。

ヌース:
「ふむ、確かに見事なギウダだな。」

アリオスや貴族を始めその場にいる全員が意表を突かれた。

貴族:
「な、なんだと? とぼけるのはいい加減にしろ!
 間違いなくそれはクレーネジュエルの欠片だ!」

ヌース:
「では聞くがこれがクレーネの欠片である証拠を見せてみろ。」

貴族:
「クレーネの魔法が無くなってから見つかり始めたのだぞ!
 その青い光は紛れも無くクレーネジュエルだ!」

ヌース:
「なぜそんなにこのギウダを
 クレーネの欠片にしたいのかわからんな。」

貴族:
「ふざけるな! 貴様らが破壊したくせに!!」

ヌース:
「なんだ。憶測だけで物を語られても困るな。
 だいたいクレーネジュエルは邪竜が破壊したというのに
 なぜそれでアリオス様が破壊したことになるのだ。」

貴族:
「私は貴族だ! 高貴な存在なのだ!
 貴様らのような下等な人間とは言葉の重みが違うのだ!
 その私が言うのだから間違いない!」

ヌース:
「だ、そうだ。兵士諸君。
 邪竜を討ち取ったアリオス様と威張るしか能の無い奴の
 どちらの言葉を信じるかはおぬしらの自由だ。」

周りの兵士達は一様にアリオスの名前を出した。

貴族:
「な、貴様らそれでも王都の兵か!? 恩知らずめ!」

ヌース:
「売ってもいない恩を掲げられても困る。」

周りの兵士達は一斉にうなずいた。

ヌース:
「アリオス様の名誉棄損を吐いた罪で牢へ入れろ。」

まだわめいている貴族を兵士達は引きずっていった。
アリオスを貶めようとしたものであっても
貴族の言ったことは本当なだけにアリオスは複雑だった。

アリオス:
「ヌース・・・。」

ヌース:
「アリオス様。申し訳ございません。
 ですがイシュタリアの未来を考えるとこうせざるを得なかったのです。」

他の貴族たちは年金生活を送ることを不本意ながら了承した。
事実上の幽閉であるが、やはり野に放たれて生きていけるほど
彼らは強くなかったのである。

アリオス:
「貴族たちには悪いことをしたな・・・。」

ヌース: 
「貴族制は排除せねばならないのです。
 新しい時代に古い制度を取り入れるのは愚か者のすることです。」

アリオス:
「新しい時代か・・・。」

クレーネの欠片は全て揃った。あとは欠片を封印すれば新たな時代が訪れる。
アリオスは迷いを振り払うように首を振った。

−つづく−

最終話>

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