風ザナ1.5 最終話 新たな時代へ
偽りの力 永き時を経て その呪縛 逃れる事より難し。 だが私の意志も また受け継がれる いつか人が 真に解放されることを願って ・ ・ ・。 〜アイネアス〜 ヌース: 「アリオス様、結界装置がついに完成いたしました。」 アリオス: 「そうか。」 客間で報告を受けたアリオスは 来るべき時が訪れた事に改めて気を引き締めた。 ダイモス: 「これで、クレーネの魔法は無くなりますな。」 リュコス: 「ちょっと勿体ないような ・ ・ ・。」 ダイモス: 「おぬしが一番クレーネにつけいれられる隙を持っているのだぞ。」 リュコス: 「な〜によそれ。 おれ様はこれでも無欲な男として知られてるってのに。」 ダイモス: 「アリオス様。 欲望のカタマリが何やら寝言をぬかしておりますが。」 アリオス: 「叩き起こしていいぞ。」 リュコス: 「アリオスまでノッてんじゃないよ。」 アリオス達は相変わらず他愛無い会話を交わしているが ヌースはあまり乗る気がしなかった。 ギウダが収められていた倉庫に行き装置の前に立つ。 だがクレーネの封印が始まろうとしているのに ヌースは浮かない表情のままだった。 アリオス: 「どうしたんだ、ヌース。」 ヌース: 「・ ・ ・ アリオス様。 これから、クレーネジュエルを復活させます。」 その場にいた全員が我が耳を疑った。 ダイモス: 「貴様、正気か!?」 ダイモスがヌースに掴み掛かるがヌースは表情を崩さなかった。 ヌース: 「落ち着け。」 ダイモス: 「これが落ち着いてられるか!」 アリオス: 「どういうことだ?」 アリオスに促されたダイモスが手を離すと ヌースは襟を正しアリオスに向き直った。 ヌース: 「今クレーネを封印しても、この世に存在する限り いつかは復活する恐れがあります。 かと言って、ただ砕いただけでは消滅しません。 これはクレーネの想念の力なのです。 だからどんな形でもいいからクレーネの心をどうにかしろと、 エナス殿はおっしゃいました。」 アリオス: 「クレーネを説得しろ、と?」 ヌース: 「あるいはクレーネに絶望を与えろ、という意味ですな。」 リュコス: 「じゃ、なんでわざわざ こんなバカでかい装置なんて作ったのよ?」 ヌース: 「クレーネを破壊した時に、欠片の拡散を防止するためだ。」 アリオス: 「つまりクレーネと戦うことを最初から想定していたのか。」 ヌース: 「おっしゃる通りです。」 その場にしばらく沈黙が漂う。 ヌース: 「 ・ ・ ・ アリオス様、クレーネを復活させるか否かは アリオス様ご自身が決めてください。 私はどちらが最善の策なのか判りかねます。」 ダイモス: 「アリオス様 ・ ・ ・。」 皆の視線がアリオスに集まる。アリオスの答えは決まっていた。 アリオス: 「 ・ ・ ・ このまま封印しても、 根本的な解決にならない事は分かっていた。クレーネを説得しよう。」 ヌース: 「恐らく、戦うことになりますぞ。」 アリオス: 「ああ、その時は仕方がない。」 ヌース: 「ダイモスとリュコスも異存は無いな?」 ダイモス: 「無論だ。」 リュコス: 「おれ様はちょっと ・ ・ ・。」 ダイモス: 「嫌なら故郷へ帰れ。誰もおぬしには頼まん。」 リュコス: 「ジョーダンだっての。まったく ・ ・ ・。」 皆平然としながら結界装置の内に入っていく。 パヴェルからするとこの期に及んでも 焦燥感などが全く見られないアリオス達はやはり不思議だった。 ヌース: 「パヴェル、おぬしは外で待っていてくれ。」 パヴェル: 「すまない、私も戦うことができれば ・ ・ ・。」 ヌース: 「人にはそれぞれの役割というものがある。 万が一、私達に何かあった時そのままクレーネを封印して欲しい。」 パヴェル: 「縁起でも無いことを ・ ・ ・。」 ヌース: 「万が一と言ったろう。」 パヴェルの肩をぽんと叩くとヌースは結界装置の中に入って行った。 中では3人が思い思いに待機していた。 ヌース: 「それではクレーネを復活させます。」 アリオス: 「ああ、始めてくれ。」 ヌースは箱に分けて収められていたクレーネの欠片を取り出し 中央の台座に集め始めた。 リュコス: 「おれ様たち、あの時の半分しかいねーな。 また勝てる保証なんて無いぜ。」 ダイモス: 「クレーネも破壊された時のダメージは大きいはずだ。 破壊するだけならむしろ前よりは楽だろう。 問題はやはりクレーネの意思だな ・ ・ ・。」 クレーネの欠片が全て一箇所に集まった。 ヌースは修復装置を作動させる。欠片の光がその輝きを増した。 ヌース: 「少し離れてください、クレーネジュエルが復活します。」 欠片の塊は目が眩むほどの光を放つと宙に浮いて固まりだした。 そして菱形の形になると禍々しい紫色の光を放ち出した。 「 ・ ・ ・ おのれ ・ ・ ・。お前たちさえ、いなければ ・ ・ ・。」 クレーネの意思が動き出す。その声は怒りに満ちていた。 アリオス: 「クレーネ ・ ・ ・。」 リュコス: 「うわぁ ・ ・ ・。いきなり殺る気まんまんだぜ ・ ・ ・。」 アリオス: 「クレーネよ、話を聞いてくれ! お前の力は人々にとって危険なんだ!」 クレーネ: 「だまれ! 人々に恵みを与えて何が悪い!」 威嚇するように魔力がほとばしる。アリオスは怯まずに前へ出た。 アリオス: 「力に頼るだけじゃ、人は駄目になるんだ ・ ・ ・。」 クレーネ: 「お前は邪竜と戦った時にドラゴンスレイヤーの、 女神の力に頼ったではないか! なぜ私の力は拒むのだ!」 アリオス: 「力を借りようとも自分で物事を成し遂げるのと、 ただ何もしないのとでは大きく違うんだ!」 クレーネ: 「どうあっても私の力を拒むというのか ・ ・ ・!」 禍々しい光が膨れ上がる。 ダイモス: 「やはり戦うしかなさそうですな ・ ・ ・。」 ヌース: 「 ・ ・ ・ いや待て。」 ヌースは構えるダイモスを制止するとアリオスの前に歩み出た。 ヌース: 「クレーネ、欠片の時に私達の話を聞いていたはずだ。 お前は今 結界装置の中にいる。 私達と戦って勝ったとしてもお前は封印されるだけだ。」 クレーネ: 「こんなもの ・ ・ ・!」 クレーネは魔力の塊を装置の内壁に放った。 しかし壁にぶつかる前にかき消されてしまった。 ヌースは内心ヒヤリとしたが 職人達の腕は確かだったと密かに胸を撫で下ろした。 それとは対照的にクレーネは明らかに狼狽していた。 クレーネ: 「そ、そんな ・ ・ ・!」 ヌース: 「見ての通りだ。 お前はもう この世界で力を振るうことはできん。 それでも戦うなら戦ってやろう。」 クレーネ: 「う ・ ・ ・ おのれ ・ ・ ・ せめて、お前たちだけでも ・ ・ ・!!」 クレーネの怒りに呼応して光が膨れ上がった。 光の刃が降り注ぐ。アリオス達は咄嗟に四方へ散った。 ヌース: 「やはり駄目か ・ ・ ・。」 リュコス: 「よけいに怒らせただけじゃねーか!」 ダイモス: 「アリオス様!」 アリオス: 「仕方ない、みんなやるぞ!!」 アリオス達は一斉に武器を取りクレーネに向かっていく。 クレーネは執念を燃やして魔法の弾丸を放ってきた。 だがクレーネの力はやはり半減していた。 以前 戦った時よりも明らかに攻撃に厚みが無い。 アリオス達が隙を突いて数回打撃を与えると クレーネジュエルは脆くも崩れ落ちた。 ヌース: 「飛び散らなかったか ・ ・ ・。」 ダイモス: 「それだけ魔力が弱まっているのだな。」 またクレーネの再生が始まったが光はさらに細くなっていた。 再生は果たしたが ひびだらけで今にも崩れ落ちそうだった。 アリオス: 「クレーネ ・ ・ ・。」 クレーネ: 「なぜ ・ ・ ・。願いを叶えては ・ ・ ・ ならぬのだ ・ ・ ・。」 もはやクレーネの声に力は無く、悲壮な感情が溢れていた。 アリオス: 「願いを叶える存在であるお前には 私たちの想いは理解できないのかもしれない ・ ・ ・。」 クレーネ: 「 ・ ・ ・ アイネアスは ・ ・ ・ 私の力を ・ ・ ・ 必要としてくれたのに ・ ・ ・ 同じ血を持つお前が ・ ・ ・ なぜ ・ ・ ・。」 アリオス: 「クレーネ。お前は確かに恵みを与えてくれた。 だけどそれは王都に近い一部の人だけのものだったんだ。 そしてそれは地方の民との格差を生んでしまった。 王都の人々は努力をしなくなってしまった。 官僚は自分の利だけを追求し 貧困やモンスターの脅威にあえぐ地方の民を、 見捨てるようになってしまった。 お前の力は全ての人々が幸せになるわけではない ・ ・ ・。 私は、世界中の人々が平和に暮らせる世界を築きたいんだ!」 アリオスは噛み締めるように想いを込めて訴えた。 さっきまで禍々しく放たれていた紫色の光が若干和らいだ。 クレーネ: 「 ・ ・ ・ 私がいなくなれば ・ ・ ・ 人がどうなるか ・ ・ ・。」 アリオス: 「人々は今、希望を持って生きている。 私たち人間はお前の力が無くても大丈夫だから ・ ・ ・。 人々は私たち自らの手で守るから ・ ・ ・。 だから、もう休んでくれないか?」 クレーネ: 「 ・ ・ ・ ・ ・。」 アリオス: 「一千年もの長い間、 イシュタリアの人々に恵みを与えてくれて、 ・ ・ ・ ありがとう。」 アリオスは頭を下げた。 少しの間そのまま時が止まったかのような静寂があった。 ややあってクレーネジュエルの光が穏やかな蒼色に輝き始めた。 クレーネ: 「その願い ・ ・ ・ 聞き入れてやってもよい ・ ・ ・。」 アリオス: 「本当か?」 アリオス達は互いに顔を見合わせ緊張した顔を緩ませた。 クレーネ: 「 ・ ・ ・ 勘違い、するな ・ ・ ・。 お前達は ・ ・ ・ 自ら、破滅の道を選んだのだ ・ ・ ・。 お前は人々を守ると言ったな ・ ・ ・ 私が居なくなった時 ・ ・ ・ その本当の意味を知った時 ・ ・ ・ 後悔するだろう ・ ・ ・。 私の力を拒んだ ・ ・ ・ その報いを受けるがいい ・ ・ ・。」 そう言い残すとクレーネジュエルは光を失い 灰褐色になったかと思うと砂のようになって崩れ落ちた。 クレーネジュエルの最期を見届けるとアリオスは深く息をついた。 アリオス: 「すまない、お前を受け入れられなかった私を許してくれ。 私はご先祖様ほど心は強くないんだ ・ ・ ・。」 ダイモス: 「やりましたな! アリオス様!」 ヌース: 「これで、本当に魔法が無くなりましたな。」 アリオス: 「でも、散り際に不吉なことを言っていた ・ ・ ・。」 リュコス: 「なあに、負け惜しみだって。」 ヌース: 「だといいのだがな ・ ・ ・。」 リュコス: 「なによヌースまで。 せっかくクレーネが消えたってのに辛気臭いよ? 素直に喜ぼうぜ。」 アリオス: 「そうだな ・ ・ ・。 これから本当に、私たち自らで歩む時代が来るんだ。」 もう迷わない。アリオスは前を見据えた。 外に出るとパヴェルが心配そうに待っていた。 アリオス達の姿を見ると、安堵の表情を浮かべた。 パヴェル: 「アリオス様、ご無事で ・ ・ ・。」 アリオス: 「心配かけたね。もうクレーネはこの世界から消滅したよ。」 パヴェル: 「一度大きな衝撃が走ったから 気が気ではありませんでしたよ。」 ヌース: 「相変わらず心配性だな、パヴェルは。」 リュコス: 「さっそく祝勝会やろうぜ! 酒だ、酒!」 ダイモス: 「おぬしというやつは ・ ・ ・。 アリオス様、どうしてくれましょう。 ・ ・ ・ アリオス様?」 アリオスは何かに惹かれたように青く広がる空を見上げていた。 ダイモス: 「アリオス様、いかがなさいましたか?」 アリオス: 「風が ・ ・ ・。 なんて言えばいいのだろう ・ ・ ・。 風が、何か変わったような気が ・ ・ ・。」 ダイモス: 「風、ですか ・ ・ ・? 私にはわかりませんが。」 アリオスの言葉を聞いてヌースは何かに気付いたようだ。 懐中時計を取り出し、辺りを見渡して方角を確かめた。 ヌース: 「確かに、風の流れそのものが変わったようですな。 もしやクレーネの消滅が関係しているのかもしれませんな。」 リュコス: 「もしかして、かなーりヤバいことが起きたりして ・ ・ ・。」 アリオス: 「クレーネの言葉が気になる ・ ・ ・。 ダイモス、行くぞ!」 アリオスは走り出した。ダイモスも続く。 ダイモス: 「お供いたします!」 ヌース: 「アリオス様!?」 アリオス: 「各地を回ってくる! まだモンスターの残党もいるんだ!」 ヌース: 「それは我々部下に任せて、 あなたには大事なお役目というものが!」 ある程度ヌースから離れるとアリオスは振り返った。 アリオス: 「私は王にはならぬ!」 それだけ言うとダイモスと共に走り去った。 ヌースは唖然としていた。 パヴェル: 「アリオス様を王にするのは しばらくおあずけだね。」 ヌース: 「パヴェル、なぜそんなに嬉しそうな顔をする? アリオス様を王にしたくないのか?」 ヌースはこの男にしては珍しく焦っているようだ。 パヴェル: 「アリオス様は常に前へ進んでいる方がお似合いだ。 というわけで、はいこれ。」 パヴェルはヌースに封書を手渡した。 ヌース: 「なんだこれは。 ・ ・ ・ 辞表!?」 パヴェル: 「ガレオス君から連絡があってね。 銀を掘りすぎてギムノスの経済がおかしくなったらしい。 事態の収拾を求めて私に泣き付いてきた。 そんなわけだから 今の仕事は辞めさせてもらう。」 ヌース: 「聞いてないぞ ・ ・ ・。」 パヴェル: 「安心しろ。 君の分はたあ〜っぷり残しておいたから。」 パヴェルは満面の笑顔でそう言うと 用意してあった荷物を背負い去って行った。 リュコス: 「さ〜て、おれ様は一杯やるかね ・ ・ ・。」 呆然と立ち尽くすヌースを背後にリュコスは酒場へ向かって行った。 ヌースはしばらくその場から動くことができなかった。 邪竜ダルダンディスの消滅とクレーネの呪縛からの解放。 一千年もの長きに渡っていた灰色の時代は終わりを告げた。 そしてイシュタリアに新たな風が吹く ・ ・ ・。 −おしまい− |