風ザナ1.5 第3話 復興の影
王都の復興にあたっていたパヴェルは頭が痛かった。 書類が処理しきれず激務に耐えかねていたから、では無い。 このところパヴェルの元に頻繁に顔を見せてくる者がいる。 その相手にうんざりしていたのだ。 「な、な、カジノ作ろうぜカジノ。せっかく町を作り直すんだから、 こう、パ〜ッとできるやつをさあ・・・。」 今日もこの調子である。 リュコスという男で邪竜討伐時にアリオスと共に戦った者なのだが、 自称正義の大泥棒、と言っているあたりからしてふざけている。 パヴェル: 「却下。君はもう少し真面目に物事を考えてくれないかな。」 リュコス: 「おれ様は汗水垂らして働いてるみんなに 息抜きの場を提供しようとしてるんじゃないか。」 パヴェル: 「ギャンブルは駄目だ。負けた人間が社会の不安要素になる。 だいたい君は汗を流していないじゃないか。」 リュコス: 「だあって、ヒマなんだもん。 アリオスは帰ってきたと思ったらすぐどっか行っちゃったし。」 パヴェル: 「暇って・・・。君にはこの間見張りの仕事を与えたじゃないか。 君の希望通りに一番高い所をまわしてあげたのに。」 リュコス: 「眺めはよかったけど、もう王都にゃモンスターはいないぜ。 おれ様のおかげでね。」 パヴェル: 「王都からモンスターを排除してくださったのは アリオス様とダイモス殿だ! いい加減な事を言うな。」 リュコス: 「おれ様も結構活躍したんだけどなあ・・・。 おれ様のナイフの腕を知らないだろ? こう見えても百発百中だぜ。」 そう言いながらナイフをお手玉のように扱っている。 リュコス: 「モンスターはいないんだから見張りなんか必要ないぜ。 それよかさあ・・・。」 パヴェル: 「とにかくギャンブルは駄目だ! 私は忙しいんだ、君の相手をしているほど暇じゃない!」 リュコスは肩をすくめると何も言わず執務室を出ていった。 毎回この調子である。頭が痛い。 この間もきれいどころがいる酒場を作れ、と言ってきた。 酒場に関しては一般民からも要望があったので許可を出したが もちろんきれいなお姉さんは付けなかった。 だが酒場ができたらできたで今度は、 リュコス: 「客が来ないんじゃ意味ないだろ? おれ様がジェムを落としてやるのさ。」 とかなんとか言って飲み代をせびりにやってきた。 ジェムを渡せばおとなしくなるのだが、なんとかならないものだろうか。 ヌースはリュコスに関して多少のことは 大きな目で見てやってくれと言っていたが限度はあると思う。 一旦は出て行ったリュコスだが 夜になるとまた飲み代をせびりにやって来た。 リュコス: 「よっパヴェル、いつもの頼むぜ。」 パヴェルは流石に我慢できなくなった。 パヴェル: 「駄目だ。いつまでも甘やかすわけにはいかない。」 リュコス: 「なんでよ?」 パヴェル: 「アリオス様の部下ということで大目にみていたが 君は自分が貴族か何かと勘違いしているんじゃないか?」 リュコス: 「・・・世の中にはさあ、働きたくても働けない奴や、 モンスターに親を殺された子供が大勢いるんだぜ?」 パヴェル: 「わかっているのなら、もうせびりに来るな!」 リュコスは一瞬悲しそうな顔をしたがパヴェルは気付かなかった。 リュコス: 「あっそ。もう頼まないからいーや。」 リュコスは執務室を飛び出していった。 入れ替わるようにヌース直属の部下が入ってきた。 パヴェルの補佐を主に身辺警護も行なってくれている。 パヴェル: 「やあ、おつかれさん。見苦しいところを見せたね。 なんでアリオス様はあんな奴を部下に・・・。」 ヌースの部下は苦笑しつつパヴェルに報告した。 ヌースの部下: 「リュコスさんは子供たちにパンを配っているんですよ。」 パヴェルはその言葉の意味を理解するのに数秒かかった。 パヴェル: 「・・・な!? そんなことをする人間には・・・。」 ヌースの部下: 「見えませんか? 気持ちはわかりますけど、 信じられないのなら酒場の裏に行ってみてください。」 ヌースの部下はそれだけ言うと退出していった。 パヴェルはどうしても信じられなかった。 仕事を切り上げて酒場に向かい、 酒場の店主に軽く挨拶を済ませた後 裏手にまわった。 リュコス: 「ごめんな。今日はこれだけしかないんだ。」 子供: 「ううん、いつもありがとー。」 「ありがとー。」 子供たちはわずかなパンを受け取ると口々にお礼を言っていた。 立ち去る子供たちを見送った後リュコスは一人呟いた。 リュコス: 「しっかし、明日からどうしようかねー。 あいつは頭が固過ぎるんだよなあ、ダイモスみたいに。」 パヴェル: 「リュコス、君ってやつは・・・。」 リュコス: 「げっ!? なんでここに・・・! あんにゃろ、喋りやがったな・・・。」 パヴェル: 「子供にあげるならあげると言えばいいだろう。 なんで孤児院を作ってくれと言わないんだ。」 リュコス: 「それじゃおれ様が飲めなくなっちゃうじゃない。 ・・・今日は飲めなかったけどさ。」 パヴェルはリュコスの考え方がいまいち理解できなかったが 悪い人間では無いことだけは解った。 パヴェル: 「とにかく、今後はこういうことが無いようにしてくれ。 言ってくれればちゃんと相談に乗るから。」 リュコス: 「じゃあさ、カジノ作って。」 パヴェル: 「それとこれとは話が違う!」 次の日から新たに孤児院ができるまで仮宿舎の一角を子供たち用に割き リュコスにパンを持って行かせることにした。 酒が飲めないと嘆きながらではあったが、 面倒くさがりなリュコスでもこれはサボらなかった。 パヴェルはようやく落ち着いて仕事ができるようになった。 王都の復興は滞りなく進む。 幾日か過ぎリュコスはいつものように パン屋に寄った後、代金の伝票を持ってきた。 リュコス: 「それにしても、あんたもよくやるな。 そんなんじゃ体が持たないんじゃないの?」 パヴェル: 「夜はちゃんと寝ている。」 リュコス: 「ずっと閉じこもりっきりじゃ体に悪いぜ?」 パヴェル: 「君が人の体の心配をするとは意外だな。」 リュコス: 「おれ様はいつだって人のことを考えてるぜ。」 パヴェル: 「いつも考えているのは酒のことじゃないのか?」 リュコス: 「・・・バレたか。 な、たまには飲みに行こうぜ。気晴らしにさあ。」 パヴェル: 「そうでもしないと君は飲めないからな。」 リュコス: 「おれ様は激務にさらされているパヴェル殿のストレスを 解消させようとしているんじゃないか。」 パヴェルは溜息をつくとリュコスに幾つかジェムを渡した。 リュコス: 「おっ!?」 パヴェル: 「最近は君も真面目にやっているみたいだし。 たまにはいいだろう。」 リュコス: 「サンキュー、 パヴェルも一緒に飲みに行かない?」 パヴェル: 「悪いけど遠慮しておくよ。」 リュコス: 「そう・・・。 それじゃ体が持たないぜ。本当に・・・。」 リュコスは自分の手にあるジェムを見てまだ何か言いたげだったが、 それ以上は何も言わず執務室を後にした。 確かにリュコスの言うとおり、このところ執務室に篭りっきりである。 伸びをすると関節の節々が痛む。 パヴェル: 「ふう、やっぱり散歩でもするかな・・・。」 書類はもはや床から天井まで山積みである。 ここまでくると多少休んだからといって然したる影響は無い。 パヴェルは仕事を休みにし王都を散歩することにした。 外に出たのは夜の酒場に行って以来だ。 王都の町並みは以前のような魔法に任せた見た目重視の形ではなく 質素ながら機能美が優先されて以前よりもすっきりしている。 あちこちに建造中の家が並び、人々はそれぞれの職にあたっている。 パヴェルは復興の息吹を間近に感じ人の生きる力を感じた。 パヴェルは自分の職務を忘れ歩き回った。 いつの間にかあまりひと気の無いところまで行っていた。 まだ瓦礫の山と化しているところもある。 そんな中パヴェルの前に一人の兵士が立ち塞がった。 パヴェル: 「ん、どうかしたのかい? ここは持ち場じゃないと思うけど。」 兵士: 「お前自身に恨みは無いが、死んでもらう。」 パヴェル: 「なっ!?」 兵士は剣を抜くと斬りかかってきた。 パヴェルはかろうじてかわしたが体勢を崩しひざを着いてしまった。 兵士: 「恨むならヌースを恨め。」 兵士は剣を振り上げた。体が動かない。 パヴェルは全身の血が引いていく様な感覚を味わった。 次の瞬間 悲鳴を上げたのはパヴェルでは無く兵士の方だった。 そして剣が地面に落ちる音を聞いた。 パヴェルは恐る恐る兵士の方を見ると 兵士の腕にナイフが刺さっていた。 リュコス: 「やっと捉えたぜ。」 建物の影からリュコスが現れた。 パヴェル: 「リュコス!?」 リュコス: 「言ったでしょ? おれ様のナイフは百発百中だって。 さ〜てと、誰に頼まれたのかしらあ? ま、ヌースを恨んでいるのなら見当はつくってもんだけど〜。」 兵士は呻きながらなおも剣を拾おうとした。 それよりも素早くリュコスは兵士の足にナイフを突き立てる。 兵士は苦悶の声をあげうずくまった。 リュコスはパヴェルを襲った兵士を手際よくロープで縛り上げると 駆け付けた兵士達に引き渡した。 パヴェルはその有様を呆然と見ていた。 リュコス: 「よっ、怪我は無いか。」 パヴェル: 「なんで、ここに・・・ 飲みに行ったんじゃ・・・。 ・・・とにかく助かったよ。ありがとう・・・。」 リュコス: 「野郎に礼を言われてもなあ・・・。」 まだ膝が震えているが考える力は戻ってきた。 パヴェル: 「それにしても、なんで私が狙われたのだろう。 あの兵士はヌースを恨めって・・・。」 リュコス: 「はあ? そんな頭で今までよく生きてられたな・・・。」 パヴェル: 「む、どうせ私は馬鹿だよ、 ヌースにも言われたさ、悪運だけは強いなって。」 リュコス: 「ひがむなって。 ほら、ヌースは貴族どもを王都から追い出しただろ?」 パヴェル: 「・・・あ、なるほど・・・。」 パヴェルはようやく自分が狙われた理由が推察できた。 ヌースは貴族制を排除した。 王都にいた貴族は皆亡くなっているが、たまたま地方にいた貴族や 貴族の相手をしていた商人は全員王都から追放された。 恨みを買うのは当然である。 王都の復興を妨害しようと画策する者がいてもおかしくない。 リュコス: 「とゆーかヌースめ、こんな面倒な事を押し付けやがって・・・。」 パヴェル: 「ヌース? ・・・そうか、そういう事だったのか。」 ようやくパヴェルは全てを理解した。 リュコスはヌースに頼まれて 今までずっと影ながら自分を守ってくれていたのだ。 事あるごとに顔を見せていたのは 自分の安否を確かめる為でもあったのだ。 考え方を変えればヌースのせいで狙われたのだから 守る義務があるのは当然なのかもしれないが・・・。 パヴェル: 「リュコス、今まですまなかった。 君はずっと私を見張ってくれていたのだな。」 リュコス: 「べっつにい。 陰気な悪党をとっちめることができたしね。」 パヴェル: 「いや、本当になんとお礼を言っていいのか。 ・・・感謝する。」 リュコス: 「だったらさ、カジノ作って☆」 パヴェルは落ち着くといつもの感覚が戻ってくる。 パヴェル: 「・・・それはそれ。これはこれ。」 リュコス: 「ケチ。」 王都の復興は滞りなく進む。 −つづく− |