風ザナ1.5 第2話 魔法の存在
邪竜ダルダンディスの消滅とクレーネの呪縛からの解放。 一千年もの長きに渡っていた灰色の時代は終わり イシュタリアは真の平和に向かってようやく新たな一歩を踏み出した。 だがクレーネの欠片の存在は、 イシュタリアが未だ夜明けを迎えられない事を密かに暗示していた。 ここは王都から遠く離れた東の国、ギムノス。 かつては流刑地とされ罪人たちが重労働を強いられ 故郷に帰ることなく多くの命火が消えていった地。 罪人、とはいってもそのほとんどは貴族にとって邪魔だった、 ただそれだけの理由で罪人とされた者ばかりだった。 そんな嘆きの風が吹き荒んだ地であったが、 今は活気がこの地を満たしている。 銀脈の発見により銀山の町としての発展が見込まれ 多くの民が移民してきたからである。 この地の監督者であったパヴェル長官は王都に呼び戻されたが 新たに赴任したガレオス長官の元で 非常に統制のとれた組織で銀山の開発に当たっている。 通俗的に役人と職人は考え方の違いから仲違いするのが相場だが ここではそんな空気は全く無い。 ガレオス長官を始め今の組頭はほとんどが罪人とされた者だったのだが サランダが噴火の危機を迎えたとき 役人も避難用のシェルターを掘るのを協力し互いに打ち解けていたからである。 銀山の開発自体もガレオス自身が屈指の職人だったこともあり ガレオス指導の元に事故もほとんど起こらず、町は急速に発展していた。 ギムノスの未来は明るい。 そんな町の喧騒とは裏腹に町から北にある断崖の上に人知れず小屋があった。 そこには賢者と呼ばれる老人エナスと1人の弟子、 そして一匹のイエティが暮らしている。 クレーネジュエルが砕かれ世界中の人々から魔法が失われたが ここではその世界とも無縁である。 エナス: 「ピュラー! 魔法力が乱れとるぞ。 もっと一定の波動にするのじゃ。」 ピュラー: 「おっしょう、さま・・・。 そんな、ことを、言われても・・・。」 老人が声を上げて弟子の修行を見ている。 ピュラーと呼ばれた赤毛の女の子は必死の形相で集中している。 重さ数百キロはあるであろう白く大きな物体が断崖の上に浮いていた。 エナス: 「よし、休憩じゃ。」 ピュラー: 「ふうう・・・。」 魔法で浮かしていたイエティを地面に降ろすと ピュラーは大の字になった。 ピュラー: 「物を持ち上げる魔法がこんなに難しいなんて・・・。 あたし自身なら簡単なのに・・・。」 「ぶほ、ぶほ?」 さっきまで宙に浮いていたイエティが 大きな目をぱっちりと開け心配そうにピュラーの顔を覗き込む。 ピュラー: 「ありがと、アルゴス。これくらい全然平気だから。」 エナス: 「まだまだじゃの。」 稽古をつけているエナス賢者は甘いと言わんばかり。 賢者は魔法の修行に関しては一切妥協しない。 かつても梯子集めから崖登り、薬草の使用禁止など かなり厳しい修行をさせられた。 エナス: 「ピュラーよ、お前から言い出したことだ。 自分から教えを乞う姿勢は誉めてやるが そのレベルでは次の魔法は教えられん。」 ピュラー: 「え〜、そんな〜。 こうなったらアルゴス、もういっちょいくわよ!」 ピュラーは気合を入れ直しアルゴスを断崖の上に浮かせる。 今修行している魔法は飛空魔法の中位とされる 対象物を宙に持ち上げる魔法である。 ピュラーが覚えたいのは飛空魔法の上位とされる、 自分と対象物を自在に飛ばす魔法である。 エナス: 「なぜそこまでその魔法にこだわるのかの。」 言えない。好きな人と一緒に空を飛びたいから、などとは。 その代わりにピュラーは気合を入れてアルゴスを浮かせた。 しかし師匠には見透かされていた。 エナス: 「おおアリオス、良く来たな。」 ピュラー: 「えっ、どこ!?」 次の瞬間アルゴスに掛けられていた魔法が解ける。 アルゴスの足元には何も無い。後は自然の摂理に任せるのみ。 アルゴスは断崖の下に落下していった。 アルゴス: 「ぶほっ! おお、お、・・・ぉ・・・!!。」 ピュラー: 「ああっ、アルゴスううう・・・!!」 軽い地響きと共に鈍い音が辺りに響き渡った。 ピュラー: 「ごめんね、アルゴス・・・。」 家に帰りアルゴスの手当てをしながらピュラーは謝った。 アルゴス: 「ぶ、ぶほ、ほ。」 アルゴスはこれくらい平気だと言わんばかりに体を動かした。 エナス: 「心の修行が足りんぞ。」 ピュラー: 「いくらなんでも、これはおっしょう様が悪いよ・・・。」 エナス: 「たわけ! 頑丈なイエティだからこの程度で済んだが 人だった時のことを考えてみよ。」 ピュラー: 「あ・・・。」 エナス: 「人を宙に飛ばす事は、その人の命を握る事と知れ。 それがわからぬ限り、あの魔法は教えられぬ。」 ピュラーはうな垂れた。 魔法の力は普通の人よりもはるかに強力な力を持つ。 自制心を持たないと簡単に人を傷つける力となってしまう。 強力な魔法になればなるほど心を強く持たねばならない。 魔法の修行は心の修行。いつも言われていることだ。 ピュラー: 「ごめんなさい・・・。」 エナスは溜息をつくと穏やかな表情に変わった。 エナス: 「今日はこれくらいにしておこうか。 ピュラー、食事にしよう。」 エナスは魔法の修行から離れると 本当の親のように接してくれ、とても温かく優しかった。 ピュラーはそんなエナス賢者が大好きだった。 ピュラー: 「うん! 待ってて、すぐ作るから。」 気を取り直し張り切って台所に向かう。 茸や山菜のスープ、ハーブのお茶という 十年以上も同じような食事だが文句を言うのは贅沢というもの。 自然と共に生きるのも修行の一環なのだ。 食事を済ませるとピュラーは手際よく食器を片付け始めた。 エナスは厳しい環境の中、これまた厳しい修行にさらされながらも 挫ける事無く一人前になった弟子を誇りに思っていた。 いつも明るく前向きな彼女の性格がこの環境に耐えられたのだと思う。 ただ、女の子らしい生活を送らせることができなかった事に 自責の念も持ち合わせていた。 このままだと彼女の幸福を奪う事になってしまうのではないか。 最近はそんな事も考えるようになってしまった。 もう年か。そんな想いが頭をよぎる。 エナス: 「いつもすまんの。」 自然と口に出た。ピュラーは何を今さらと笑っていた。 エナス: 「その、なんだ。 お前はもう少し落ち着いたほうがいい。」 ピュラー: 「どうせ落ち着きはないですよー☆ いきなり何を言うんですか。」 エナス: 「いや、少しはヌースのような冷静さを 見習ってほしいと思ってな・・・。」 ピュラー: 「おっしょう様はあたしに、 涼しい顔して嫌味を言う人になってほしいの?」 エナス: 「そうは言ってないじゃろ・・・。」 「・・・悪かったな、涼しい顔して嫌味を言う人間で。」 いつの間に来たのか入口に紫色の髪の男が立っていた。 新生イシュタリアの新たな宰相、ヌースだった。 ピュラー: 「げ。」 ヌース: 「なんだ、その顔は。私がここに来るのは不満か?」 ピュラー: 「べ、べつにい。」 不満ではない。 秀麗な顔に似合わず言葉にいちいち毒がある。 単純に苦手な人間であるというだけだ。 エナス: 「よう来たの。」 ピュラー: 「おっしょう様ひどいよ。 来ること知ってたんでしょ。」 エナス: 「いや知らん。」 ピュラー: 「へ?」 ヌース: 「エナス殿、取り急ぎお話したいことがあります。」 ピュラー: 「・・・もしかしてアリオスも来ているの!?」 ヌース: 「期待を裏切るようで悪いが今回は私だけだ。」 ピュラー: 「なあんだ、つまんないの。」 ヌース: 「・・・いい加減に話をさせてくれないか。」 ヌースもまたピュラーのマイペースさには調子を崩されるので 彼女は話し辛い相手だった。 ヌース: 「エナス殿、これを見てください。」 ヌースは懐から蒼い石を取り出した。 ピュラー: 「なにこれ? ギウダに似てるけど・・・。」 エナス: 「・・・クレーネの欠片か。」 ピュラー: 「クレーネ!?」 ヌース: 「そうです。この地で見つかった物です。 ご覧の通り、光も放っています。」 エナス: 「力は残っておるな。」 エナスは欠片に手をかざすと事も無げに言い放った。 ヌース: 「やはりそうですか・・・。」 エナス: 「クレーネジュエルは無限の魔力を持つと言われておる。」 ヌース: 「ただ砕いただけでは力は無くならない・・・か。 となるといったいどうすれば・・・。」 エナスは目を閉じた後、呟くように言った。 エナス: 「・・・クレーネジュエルを破壊した経緯を 改めて教えてくれ。」 ヌースはクレーネジュエルに意思があったこと、 アリオスは頑なにその力を拒んだ事などをできる限り詳細に説明した。 エナスは目を閉じたまま聞いていた。 聞いた後もまたしばらく考え込んでいた。 沈黙に耐えかねていたピュラーが口を開いた。 ピュラー: 「ねえ、もっと粉々にしてもダメなの?」 ヌース: 「もちろん試したが、これ以上は砕くことができなかった。 クレーネの執念を感じるようだよ。」 エナス: 「・・・クレーネジュエルは、 クレーネ自身の願いを叶える物でもあるのだな・・・。」 ヌース: 「それはどういう意味ですか?」 エナスはその問いには答えず、目を開きヌースを見た。 エナス: 「ヌースよ、クレーネジュエルを砕いたお前たちの心、 人の可能性を信じられるか?」 ヌース: 「・・・・・・。」 エナス: 「多少強引じゃがこの方法しか無さそうじゃの。」 ヌース: 「どのような方法でしょうか?」 エナスは自分の考えたクレーネジュエルの対処法を説明した。 それを聞いたヌースは複雑な表情を浮かべた。 ヌース: 「多少どころではありませんぞ。 失敗すればそれこそ、ただでは済みませぬ。」 エナス: 「なあに、おぬしたちは一度 クレーネに勝っているのじゃから大丈夫。」 ヌース: 「他人事だと思って・・・。」 エナス: 「嫌ならクレーネの欠片という不安を抱えたまま イシュタリアの未来を放っておくか?」 ヌース: 「・・・わかりました。駄目元でやってみましょう。 それではあまり王都を留守にするわけにはいかないので。 これにて失礼させていただきます。」 ヌースが賢者の小屋から立ち去ろうとすると ピュラーは決心したように言った。 ピュラー: 「あたしも手伝う!」 ヌースは肩越しにピュラーを見ると静かに首を振った。 ヌース: 「・・・君はここに居たまえ。 エナス殿は先の戦いで負った傷がまだ癒えてない。」 ピュラー: 「そうだけど・・・。でも・・・。」 ピュラーは師匠を見た。その目にはある種の期待が込められていた。 エナスは先の戦いで大怪我を負った時、ピュラーに行けと言った。 あの時よりも傷は大分良くなっている。 もしお師匠様が行けと言ってくれれば今度は喜んで行くつもりだった。 エナス: 「今は駄目じゃ。 たとえわしの体が五体満足だったとしても行く事は許さぬ。」 期待と正反対の言葉を掛けられ少なからずショックを受けた。 ピュラー: 「な、なんで、ですか・・・?」 ピュラーはお師匠様に悪いと思いつつも訊かずにはいられなかった。 エナス: 「お前は魔法使いだからだ。」 ピュラー: 「だからクレーネに対抗するには あたしの魔法も必要になるんじゃないですか。」 エナス: 「人々はようやくクレーネの呪縛から解放されようとしているのに その中で軽々しく魔法を使ってみろ。 人々は魔法が、クレーネがまだ存在していることを信じ クレーネに頼ってしまう。 欠片の対応は極秘裏に行なわなければならぬ。 だからお前が今行くことは許されないのだ。」 ヌース: 「確かに。人々に知られることは極力避けたいところですな。」 ピュラー: 「でも・・・。」 エナス: 「一千年もの間、人々を縛り続けてきた力だ。 お前が考えている以上にクレーネは複雑な問題なのだ。」 エナスは師匠としての厳しい顔になっていた。 師匠は魔法に関して一切妥協することは無い。 ピュラーは納得できなかったが黙って頷くしかなかった。 ヌース: 「・・・それでは失礼致します。」 エナス: 「いつも面倒事ばかり押し付けてすまんの。」 ヌース: 「いえ、今に始まったことじゃありませんし。 ・・・ピュラー、落ち込む姿は君には似合わんぞ。」 ピュラー: 「・・・・・・。」 ピュラーは俯いたままだった。 ヌースは溜息をつくと挨拶もそこそこに賢者の小屋を後にした。 エナス: 「ピュラー、今は我慢するのじゃ。 もうアリオスに会えないと決まったわけではない。 お前の魔法はいつか必ず、人々の希望になるから・・・。」 アルゴス: 「ぶほー・・・。」 心配そうに見ているアルゴスにも何も言わず ピュラーは自分の部屋に閉じ篭ってしまった。 アルゴス: 「ぶほ・・・。」 エナス: 「今はそっとしておいてやれ。」 次の日。朝焼けが始まる前の早朝。 銀山の町ギムノスもまだ眠りについている時間。 ピュラー: 「おっしょう様! アルゴス! 朝よ、もう起きなさい!」 アルゴス: 「ぶふお・・・。」 エナス: 「・・・なんじゃ、こんな朝早くから。」 エナスもアルゴスも目が半開きの寝惚けた顔をしている。 ピュラー: 「何って、魔法の修行に決まってんじゃないですか。」 エナス: 「なんじゃと?」 ピュラーは真面目な顔をしエナスに向き直った。 ピュラー: 「魔法の修行を一からやり直します。」 エナス: 「ピュラー・・・。」 ピュラー: 「あたしは、自分の気持ちにウソをつくことはできません。 今すぐにでもみんなの所に行きたいです。 でもあたしは自分が魔法使いであることも自覚しているつもりです。 だから今は・・・我慢、します。 ・・・だけどいつか、あたしの魔法が必要になった時に、 みんなの為にこの力を使いたい。 だからその時の為に、もっと力をつけたいんです。」 今まで見たことの無いほど真剣な顔をしていた。 エナスはピュラーの心の強さを感じると共に、 師匠として教える事ができる喜びが沸いてきた。 エナス: 「・・・手加減はせぬぞ。」 のちに、飛躍的に増大した彼女の魔力は、師匠を驚かせることになる。 −つづく− |