風ザナ1.5 第1話 ひとときの帰還
邪竜ダルダンディスの消滅とクレーネの呪縛からの解放。 一千年もの長きに渡っていた灰色の時代は終わり イシュタリアは真の平和に向かってようやく新たな一歩を踏み出した。 ヌースはクレーネの欠片の対策を取るため王都を後にした。 王都の復興を後に任されたパヴェルは日々書類の山と格闘していた。 復興、とはいったものの、 最初から町を興すのと大差ないほど町は破壊し尽くされていた。 王城も外観こそ変わっていないが中は邪竜の仕掛けた罠が張り巡らされ 罠を一つ一つ慎重に撤去しなくてはならず、今はほとんど手付かずの状態だった。 パヴェル: 「これでは一年程度では終わりそうも無いな。 もっと雇用を増やさなければ・・・。」 幸いにして毎日のように地方から仕事を求めて多くの民が移民してくる。 人手は多いに越したことは無い。 ただ彼らには仕事だけでなく寝食する場も与えなくてはならず 今は物資の手配だけで毎日が過ぎていた。 今日も朝から同じような書類の相手である。 パヴェル: 「仮宿舎設営、食料調達・・・。毎日同じ書類じゃ飽きるなあ・・・。 ヌースめ、クレーネの欠片が届く日を調整したんじゃないだろうな・・・。」 今は主のいない机に向かって あいつならやりかねん、と不満をこぼすパヴェルであった。 クレーネの欠片に関しては偶然だったのだが。 それにしても、とパヴェルは思う。 王都の復興には近隣諸国はもとより遠く離れた地方からの民も多く携わっている。 その中で実際に活躍しているのは辺境と呼ばれた地方からの民なのである。 彼らはクレーネの力に頼っていなかったのだから それ相応の技術を持っていて当然なのだが、皮肉なものである。 パヴェル: 「偽りの力とはよく言ったものだ。」 パヴェル自身も最初はクレーネの力に関しては否定的ではなかった。 生まれた時から存在しているのだからそれが当たり前だった。 だがヌースに会い、共にいろいろ学んでいき 彼からクレーネの力は便利なのだが同時に危険なものでもあるのだと教わった。 思えば自分も王都にいれば死んでいたのだろう。 ヌースはバカ正直なのが幸いしたな、結果的に、と言っていたが 王都で思うように職をまっとうできなかった自分を 地方に赴任するよう薦めてくれたのはヌースである。 溶岩窟に閉じ込められた時もアリオスと共に助けてくれた。 ヌースは正に命の恩人だった。 だからこそパヴェルは自分の力が及ぶ限り力を尽くそうと思う。 パヴェル: 「おっといかん、物思いに耽っている場合じゃないな。 さっさと書類を片付けるか。」 パヴェルは軽く背筋を伸ばすといつものように書類の山に向かった。 そして時間が過ぎこの日も恙無く終わろうとしていた。 パヴェルは懐中時計を見、就寝に向かう時間が近いことを確認した。 書類は増えていく一方なのだが徹夜をしてまでやるほどの事ではない。 無理をして体調を崩すほうがよっぽどまずい。 休息は取れるときに取る。これもヌースから教わったことだ。 眠気を抱えながらいつものように机の上を片付け始めた時 廊下から誰かが走ってくる音が聞こえた。 「ヌースは居るか!」 一番にその声が聞こえてきた。 少々乱暴に扉を開けて入ってきた者の姿を見て パヴェルは眠気が一気に飛んだ。 小柄ながらも蒼い鎧をその身に纏い、黄金色の髪をなびかせている。 まだ若く幼さが残る顔立ちだが 力を湛えた碧の瞳は真っ直ぐに前を見据えている。 パヴェル: 「アリオス様! 王都に帰っていらしたのですか。」 かつて百騎長と呼ばれ邪竜の魔の手からこの世界を救った英雄。 アリオス・アレクトルその人であった。 何事にも真摯に対応し、人々のために必ず先陣を切るなど イシュタリアの新たな王としてこれ以上ないぐらい相応しいのだが 本人は王になる気は全く無い。 ヌースにしてみればそれが唯一にして最大の悩みか。 パヴェル: 「お帰りなさいませ。アリオス様。 連絡をいただければ迎いに上がりましたのに。」 アリオス: 「挨拶はいい。ヌースはどこに行ったんだ?」 パヴェル: 「それが・・・。今は王都にはおりませぬ。」 ダイモス: 「あやつめ、肝心なときに雲隠れする癖はなんとかならんのか。」 アリオスよりも一回り以上も大柄な騎士、ダイモスが悪態をついた。 主君であるアリオスに対して一番に忠誠を誓い、 副官として何時もアリオスの傍にいる騎士である。 かつて無敵将軍と謳われながらその地位を捨ててまで アリオスに仕えるほど忠誠心が厚く、ヌースには石頭と呼ばれている。 アリオスと並んでいるのを見ると主従が逆に見える。 アリオス: 「ヌースはどこへ行ったんだろう?」 パヴェル: 「行き先は聞いていませんが、 アリオス様にと書状を預かっております。」 アリオスは封書を受け取るとすぐに手紙を開いた。 「アリオス様、王都の復興を仰せつかったのにも拘わらず 王都から離れ書面で伺いを立てる無礼をお許しください。 先日、私めの部下から私の元にクレーネの欠片が届きました。」 アリオス: 「クレーネ! やはりか・・・。」 パヴェル: 「するとアリオス様もクレーネの欠片を?」 アリオス: 「ああ。だから戻ってきたんだ。」 アリオスは頷くとパヴェルに持っていた石を見せた。 ヌースに届いた物と同じく青紫の光を放っていた。 ダイモス: 「アリオス様、続きは。」 アリオスは欠片を懐にしまうと続きを読み始めた。 「信じたくはありませぬが、これは本物です。 光を放っていることからまだ力もあると考えてよいでしょう。 そして厄介なことに各地に点在しているようなのです。 我々が手にするのならまだしも、 他の人間の手に渡ればまた問題が起きないとも限りません。 私はエナス賢者と今後の対応を取るためギムノスへ参ります。 アリオス様もクレーネの欠片が存在することは 好ましくない事と存じます。 この書面をお読みになられたら クレーネの欠片が人の手に渡らぬよう 探索等のご助力をお願い申し上げます。 ヌース」 アリオス: 「ヌースは賢者に会いにギムノスへ行ったのか。」 ダイモス: 「我々もギムノスへ向かいましょうか?」 アリオス: 「いや、全員が行くよりもヌースが言ったように 各地にある欠片を探しに行ったほうがいいと思う。 欠片自体の対応策はヌースと賢者に任せておけばいい。」 ダイモス: 「そうですな。しかし、こんな小さな石を イシュタリア全土から探すのは容易ではありませんぞ。」 アリオス: 「そうだな・・・。」 2人ともいい案が浮かばず頭を抱えていると パヴェルは遠慮がちにアリオスに質問した。 パヴェル: 「あの、アリオス様はお持ちになっている欠片を どうやって手に入れたのですか?」 アリオス: 「ああ、これはモンスターが持っていたんだ。」 アリオスはダクル地区にそびえる氷の塔からモンスターを一掃した際 残党の親玉が欠片を持っていたことを話した。 アリオス: 「奴は前のボスと同等以上の力を持っていた。 それも欠片の力によるものだと思う。」 パヴェル: 「それはクレーネの力が健在であることの証明でもありますね。」 ダイモス: 「モンスターが持っているのなら 討伐を続けていれば自然と手に入るでしょうが 問題は人が手にした時ですな・・・。」 パヴェルは少し考えると、また遠慮がちに話し始めた。 パヴェル: 「それならば光る石を見つけた者には 報奨を出して回収するというのは如何でしょうか。 ただ、この方法にもそれなりに問題がありますが。」 アリオス: 「問題とは?」 パヴェル: 「まず資金です。サランダ銀山を中心に 復興資金から報奨金を工面するのは今のところ問題はありませんが いくらでも調達できるというものではありません。 次に報奨額。安過ぎれば誰も探しませんし、 高過ぎるとそれだけ資金を圧迫します。 そして一番問題なのが人の欲望を刺激すること。 クレーネは欲に敏感です。 欲深い人間の手に渡る可能性が高くなります。 これらの対策として、 クレーネの欠片は魔法具に使われるギウダと同類の鉱石とし、 ギウダよりも価値が劣る物として ギウダの相場よりも報奨金の額を低めに設定し・・・。」 そこまで言った時パヴェルは アリオスとダイモスが目を見開いて自分を見ているのに気付き 喋り過ぎたと思った。 パヴェル: 「も、申し訳ありません。出過ぎた事を・・・。」 アリオス: 「すごいな、ヌースが二人いるみたいだ。」 ダイモス: 「いや、毒が無い分ヌースより優れていますぞ。」 パヴェル: 「は?」 アリオス: 「是非、今言った方法で回収してくれ。 モンスターの方は私たちに任せてくれていい。」 ダイモス: 「いやはやパヴェル殿は大したものですな。 このダイモス、感服しましたぞ。」 パヴェル: 「は、はあ・・・。」 二人が想像外の反応を示したためパヴェルは間延びした返事をしてしまった。 アリオス: 「よし、私とダイモスは今まで通りモンスターの討伐に当たる。 パヴェルは報奨金を出して欠片を回収する。 集めた後の対策はヌースと賢者に任せる。」 ダイモス: 「委細承知!」 パヴェル: 「仰せの通りに。」 アリオス: 「では行くぞ、ダイモス!」 ダイモス: 「お供いたします!」 アリオスとダイモスは飛び出すように執務室を後にした。 パヴェルは最後の言葉が一瞬 理解できなかった。 そして意味を理解したとき驚愕した。 パヴェル: 「あの、今は夜中ですよ!? 今日はもうお休みになって明日の朝、旅立たれては如何ですか!!」 廊下で息を切らせながら走ってきたパヴェルに声を掛けられると ようやく得心したようだった。 アリオス: 「そうだな。せっかくだから休もう。」 ダイモス: 「アリオス様の気の赴くままに。」 パヴェルは二人を客間に案内した後自室に戻ると、一気に疲れたような気がした。 これはさっき走ったからでは無い。 アリオスを始めヌースといいダイモスといいどこか常人離れしている。 果たして自分はあの方たちに付いていけるのだろうか。 少し不安になるパヴェルであった。 −つづく− |