風ザナ1.5 プロローグ
邪竜ダルダンディスの消滅とクレーネの呪縛からの解放。 一千年もの長きに渡っていた灰色の時代は終わり イシュタリアは真の平和に向かってようやく新たな一歩を踏み出した。 だが邪竜の襲撃による王朝の滅亡、イシュタリアの都の壊滅。 邪竜は消滅したが各地で猛威を振るうモンスターの残党。 魔法が無くなったことによる人々の不安と混乱。 前途多難と呼ぶにも生温い数多くの困難が待ち受けていた。 アリオスとダイモスはモンスターの残党を討伐するため すでに王都を後にしていた。 王都の復興を任されたヌースは改めて辺りを見回し あまりの壊滅ぶりに思わずつぶやいた。 ヌース: 「やれやれ、見事にやってくれたものだな。 王都を乗っ取るのなら、もっとスマートにやってくれれば 占領した後 快適だったろうに。」 モンスターに効率を求めるのは意味が無いのはわかっているが かつての美しい都を知っていただけに、つい口に出てしまった。 ヌース: 「まあ、宮廷の掃除をしてくれたから差し引きは無しか。」 王や宰相をはじめ貴族たちは皆、邪竜の襲撃時に亡くなっている。 人として最低限の遺憾は抱くが、自業自得だと言わざるを得ない。 そもそも地方の民をないがしろにし、 自分たちはクレーネジュエルを使って贅沢三昧の生活を送っていたのだ。 邪竜の復活が迫った時もヌースは再三に渡って忠告したのにまるで無視。 これでは同情する気にもならない。 ヌースにとっては理想とする国家を作るのに 最大の障害だった貴族制を廃止できるだけでも大きな利だった。 だが貴族がいなくなって良かったなどとは間違っても口には出さない。 主君であるアリオスの耳に入ったら本気で怒るからだ。 ヌースの主はそういう人物なのだ。 だからこそ忠誠を捧げるに相応しいのだが、いささか人が良すぎる。 副官のダイモスも普段は冷静なくせに アリオス様の事となると猪突猛進ばかりするようになる。 やはり自分のように大局を見据え、時には非情になれる人間がいないと また以前のように私欲にまみれた人間に王都を乗っ取られてしまう。 ヌースはアリオスを君主とする理想の国家のため ようやく訪れた機は絶対に逃すまいと心に決めた。 これからの日々は邪竜討伐時よりも遥かに忙しくなるだろう。 だが忠誠を誓った主のために力を尽くせるのならばこれ以上の喜びはない。 ヌースは来たる未来に想いを馳せながら執務室へ向かい 書類の整理を始めるのだった。 ヌース: 「まずは瓦礫の撤去、兵士の手配、法律の整備と改正、 貴族に入る税金は全面撤廃して新しい税制の施行・・・。」 天井に届かんばかりの膨大な書類を次々と捌いていく。 そのあまりの速さに同じく復興を任されたパヴェルが訝しげに声をかけてきた。 パヴェル: 「ちゃんと目を通しているのか?」 ヌース: 「この量だ。隅までいちいち読んでいられるわけないだろう。 件名と幾つかの単語を見ればだいたいわかる。」 パヴェル: 「そうだな・・・。」 かつての学友も書類の山を見渡して溜息をつき、 それ以上は何も言おうとせず自分も机に積み上げられた書類の山に向かった。 幾日か過ぎパヴェルはいつものように書類や小包の整理を始めると しばらくしてふと手を止めた。 パヴェル: 「おや? これはヌース、君宛ての小包じゃないか。」 ヌース: 「どれ、・・・ああ、ギムノスから届いたから てっきりパヴェル宛てかと思っていたよ。」 それは各地で諜報活動をしているヌース直属の兵士からの小包だった。 ヌースは名前を見てしばらく連絡が途絶えていた兵からの物だと認識した。 ヌース: 「ようやく連絡をよこしたか。 最新の情報は武器になるから連絡は怠るなと 常に言い聞かせていたのだが・・・。」 そうは言ったが定期的な連絡が途絶えたのは 同時に何かが起きていたということでもある。重要な情報かもしれない。 多忙を極めていたヌースだが確認ぐらいはせねば、と思った。 それに本来なら後回しにする所なのだが その小包からは何故かはわからないが何らかの力を感じた。 ヌース: 「これは・・・。」 いつもは沈着冷静なヌースが包みの中を見てわずかだが動揺したように見えた。 パヴェルはそんなヌースの様子を見て興味を引かれた。 パヴェル: 「なんだいこれは?」 パヴェルが見たのは拳ぐらいの大きさのいびつな形をした石だった。 窓から差し込む光に反射して蒼く、ときには紫色に光る石。 わずかだがその石自身からも光が発せられていた。 ヌース: 「クレーネジュエルの・・・欠片・・・。」 クレーネジュエル。 願いを叶える力を持ち、人々に恵みと堕落を与えた宝石。 一千年前 邪竜ダルダンディスがこの世界に持ち込み 時が流れ主君であるアリオスが邪竜を討ち取った後 この石の持つ力は危険だとして破壊した物である。 パヴェル: 「!? クレーネ・・・!。」 パヴェルは大声を上げそうになったが慌てて口を塞いだ。 クレーネジュエル破壊の件はごく一部の信用できる人間にしか知られていない。 アリオスは人々のためを思って破壊したのだが、 多くの人はクレーネに頼っていたこともあり、 逆恨みされるであろうことは必至だったからである。 パヴェルも信頼できる側だったので事情は話していた。 クレーネジュエルが破壊された時欠片は爆発するように四散した。 その後欠片を探してみたが王都では1つも見つかっていなかった。 この世界から消滅したという希望的観測を抱いていたが・・・。 ヌース 「まさかギムノスまで飛んでいたとは。」 パヴェル: 「・・・本物なのか?」 ヌースもその場に居合わせていたこともあり、その石から発せられる光を見て 目の前の蒼い欠片が本物であることを確信してしまった。 ヌース: 「残念ながら・・・本物、だな。」 クレーネの欠片が存在することを認知するとともに 同時にある不安が頭をよぎる。 パヴェル: 「クレーネの力はまだ失われていないのか・・・?」 代わりにパヴェルがヌースの抱いた不安を口にした。 クレーネの欠片は弱いが確実に光を放っている。 ヌースはこんな石に頼ろうと思った事は無いので ヌースにとってはただの光る石だが 欲深い人間がこれを手にしたらどうなるか・・・。 ヌース: 「とにかくクレーネの欠片は存在している。 ・・・ということは、各地に点在していることに・・・。」 懸念が深まる。 不安はいくら抱いてもほとんどは杞憂で終わるが 最悪の事態を予測し対策を講じておくのは大事である。 ヌース: 「パヴェル、すまないが私は少し王都を離れる。」 パヴェル: 「・・・そう言うと思った。」 ヌースはあらゆる事態を想定して常に先手を打つ。 パヴェルはヌースの人為りを昔から知っていたので ギムノスからわざわざ王都に呼び戻された時から こうなることはある程度予測していた。 パヴェル: 「やれやれ。ギムノスはギムノスで、 銀山の整備があって忙しかったのだがな。」 ヌース: 「イシュタリア復興の資金源として サランダ銀山は確かに重要だが あそこはガレオスに任せておいて大丈夫だろう。」 パヴェル: 「・・・そうだな。彼は発破のプロだし」 ヌース: 「悪いな。おぬしだから後を任せることができるのだ。」 パヴェル: 「お世辞はいいから早く支度したらどうだい。」 ヌース: 「今のは世辞では無いのだが・・・。」 他愛のない会話をしつつヌースは手早く身支度を整える。 つい最近まで各地を飛び回っていたこともあり いつでも旅立てるよう荷物はすでに纏めてあるようだった。 ヌースは身支度を終えるとペンを取り書面をしたためた。 ヌース: 「アリオス様が王都に立ち寄ることがあったら渡してくれ。」 パヴェル: 「わかった。」 パヴェルはつくづく用意周到な男だ、と思った。 ヌース: 「それじゃあ後は頼む。」 パヴェル: 「なるべく早く帰って来いよ。君の分は残しておくから。」 ヌース: 「なんなら私の代わりに復興を成し遂げてもいいのだぞ?」 パヴェル: 「・・・早く行って早く帰って来い。」 ヌース: 「・・・・・。」 パヴェル: 「・・・・・。」 それ以上何か言うのは余計であることを互いに承知していた。 2人は軽く挨拶を交わした後それぞれ自分の成すべき事に向かって行くのだった。 −つづく− |