その他トップへ     コンテンツトップへ

ジード追放


雲ひとつ無い闇夜の中、無限に続くと錯覚するような広大な黄砂の中を
少年はただ独り歩き続けていた。・・・その瞳に憎悪の光を宿らせて。



人の侵入を拒むかのように木々が生い茂っている。
けもの道を踏み越えた先にその里はあった。

アイネアスの隠れ里。
一般にこの里の存在を知る者は無く歴史からも長く存在を消されていた。
全てはアイネアスの意志を守るため。

「ネストル、なぜ我が一族がこんな辺境で隠れて暮らさねばならないのだ!?」

赤髪の少年が声を荒げ長老に詰め寄っていた。

「ジード様、どうされたのですか?」

ネストルと呼び捨てられた長老は困惑気味に少年を見る。
長老の前にいる少年の名はジード・アイネアデス。
アイネアスの血と意志を継ぐ者として里では王のように扱われていた。

「我が始祖アイネアスは我が血を絶やす事無かれとおっしゃった!
 正統なる血をもってイシュタリアを統治せよという意味ではないのか!?」

「・・・それはアイネアス様のご意志ではありませぬ」

「なぜそう言い切れる!?」

「アイネアス様は国という物は世襲によって成り立つ物では無い、
 ともおっしゃっているからです」

「我が始祖がそんな事を言うものか!」

「ジード様、いったいどうされたのだ?」

ジードの姿は普段見られないほど怒りに震えていた。

「今の王都にいる連中は簒奪者の子孫ではないか!

 我が始祖が邪竜の脅威から守ってやった恩を忘れ、
 一族を辺境に追いやり、民をないがしろにし、
 皆自分の私腹を肥やすことしか考えてない!

 アイネアスの末裔として今の状況は絶対に許せない!」

「ジード様・・・」

「私はアイネアデスの名を継いだ者としてアステル王朝を復活させる!
 ネストルも本当はアステル王朝を復活させたいのではないか?」

「我々はそのような事を望みませぬ。
 ジード様はアイネアスの意志を誤解なさっている」

「長老達こそアイネアスの意志を誤解している。
 アイネアデスの名を持つ私の意志がアイネアスの意志なのだ。

 もう決めた事だ。別にネストル達の力を借りずとも
 アステル王朝の復活を成し遂げてみせよう」

ジードは少年とは思えないほど鋭い眼光を放った。

「ジード、様・・・。」


その晩の長老達の集いは重々しい空気で満たされた。

「なんということだ・・・」

「風の伝説の予言が何を意味しているのか分からぬが
 一千年の時はもうすぐそこまで来ておる」

「それなのにジード様があの様子では・・・」

「ネストルよ、ジードはもはやアイネアデスの名を持つ資格は無いと踏むが?」

「しかし、どうすれば・・・」

「カリステが身篭っているのは知っておろう」

「その子に全ての希望を託すか・・・」

「しかし・・・」

「このままではアイネアスの意志が途絶えてしまうぞ」

「一族としてアイネアスの意志は最優先させなければならない」

「いた仕方あるまいか・・・」

そして長老達は修行の名目でジードを里から連れ出し
エレミア砂漠に置き去りにしたのだった。



暑い。ジードは汗びっしょりで目を覚ますと違和感を覚えた。
もう日はかなり昇っているようだ。

テントを出ると異変に気付いた。
周りには一つもテントが無かったのだ。

皆どこへ行ったのだろうと周囲を散策してみたが見渡す限り砂だけが目に映る。
ジードはまだ自分が置かれている状況を理解していなかった。

自分のテントに戻ると入り口に封書が縫い付けられている事に気付く。
封書を手に取ると長老達全員の署名が目に入った。

「ジードへ。あなたはアイネアスの意志を履き違えています。
 我々はあなたを一族から追放することを決定いたしました。

 なぜ追放されたのか、アイネアスの意志とは何か、
 あなたに与えられた残り少ない時間を使って考えてください。

 アイネアデスの名は次に生まれてくるアネモスに継がせます」

悪い冗談としか思えなかった。
だが現にこうして砂漠に一人取り残されている状況は紛れも無い事実だった。

手紙はぱさりと落ち、手が震える。

(私を追放するだと!? なぜ!?
 アイネアスの意志に沿ぐわなかっただと!?

 ならば子供を砂漠に置き去りにすることがアイネアスの意志なのか!!
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょおおおおお!!)

長老達に裏切られた怒り、悔しさ、悲しさ、死の恐怖などの感情が入り混じり
ジードはしばらく涙を止めることができなかった。

ひとしきり泣くと幾分落ち着きを取り戻し
自分でも驚くほど淀みなく思考が回り始めた。

(一族はもう終わりだ。アイネアデスの名はアネモスが継ぐという話だが
 あの長老達に都合良く洗脳されるだけだ。

 アイネアスの意志を正しく汲めるのはもはや私だけなのだ。
 こんな灼熱の地獄で死んでたまるか!

 どうやって生き延びる?
 食料は無い。水が麻袋に一日分あるだけだ。

 何も食べずに身を焼くような日差しの中を歩き回るのは自殺行為だ。
 かと言ってこの場にいつまでも留まっているわけにはいかない。

 どうする?
 動くにしても方角すら分からない。目印になる物も無い。

 くそっ、長老達はこの砂漠なら
 私がどんなにあがこうと生き延びる事は無いと踏んでるな。

 だが何か、何かあるはずだ!)

あれこれと考えを巡らせたが何も良い案が浮かばず
時間が刻々と過ぎていった。

気が付くともう日が傾きかけ麻袋の水は半分になっていた。

(結局、時間を無駄にしたか・・・)

テントの外に出て夕日を恨めしそうに眺める。
すると不意に頭の中で情報が駆け巡り一筋の光が見えた。

(そうだ! 日が落ちれば気温は下がる。
 日中に動くよりは体力の消耗を抑えられる。

 それに星が出れば方角も分かるじゃないか!
 天の渦の中心にある北極星だけは常に北の空に固定されている。

 北極星を目印にすれば北に向かって進み続けることができる!
 王都には引けをとらぬと自慢していた長老達の教育が仇となったな)

ジードは不敵に笑った。そして日が落ちるのを待ち
北の空に光る目当ての星を確認すると力強く歩き始めた。


だがエレミア砂漠からの脱出という難題は早くもジードに限界を突きつけた。

夜通し歩き朝日を拝んだ後テントに潜り込んだが
空腹と暑さで意識が朦朧としてきた。麻袋の水はもう無い。

ジードは手足のしびれを感じたがどうすることもできなかった。

(まだ一日しか経ってないのに。もう限界か・・・)

また死の恐怖が湧きあがってきた。
所詮子供である自分にはこれが限界なのか。

(だが私はまだ生きている。あきらめてたまるか!)

ジードは横になると暑さに耐えながら夜を待った。


いつの間にか眠っていたようだ。
テントを打つ無数の音に気付き目が覚めた。辺りはもう暗くなっているようだ。

音の正体を確かめるために入口の布を引っ張ると信じられない光景が目に入った。
外は滝のような雨が降り注いでいた。

エレミア砂漠に来て雲を見かけたことなど無かった。雨が降るなど思ってもいなかった。
ジードは夢中になって天に向かい口を開け雨を飲み続けた。

雨は長続きせずじきにすぐ止んだが腹は水だけとはいえ充分満たされた。
少し経つと雲は一つも無くなり空には星が広がった。

(天は私にまだ生きろと?)

ジードは再び北に向かって歩き始めた。


そして置き去りにされてから三日が経過した。
北に向かって歩き続けたが目に映る風景は何も変わらず砂の世界が広がっている。

日が昇ると足が動かなくなっていた。テントを広げようとしたが手にも力が入らない。
その場にうずくまると絶望が押し寄せてきた。

(体が動かない・・・。喉は焼けるようだ・・・。
 くそっ、動け、動け!

 ・・・もう駄目なのか?
 私の努力は無駄だったのか?

 アイネアスの意志はここで途絶えてしまうのか?
 王都は簒奪者に乗っ取られたままなのに・・・!

 ・・・駄目だ・・・意識が飛びそうだ・・・

 くそっ・・・呪ってやる・・・
 こんな世界・・・消えてしまえばいい・・・

 人間など・・・一人残らず死んでしまえばいい・・・!
 呪ってやる・・・呪って・・・)

目の前が暗くなり体の感覚が無くなった。



(・・・夢? あれは昔よく見た夢だ。アステル王朝の最期。一族の悲劇。
 私はあの夢を見たからアステル王朝を復活させると誓ったのだ。

 私は夢を見てるのか? 私は・・・生きているのか?)

目を開けるとテントの梁が目に映った。自分のテントとは違う。
ジードは横になっていて額には水に浸された布があった。

「ここは・・・?」

「あっ気が付いた」 

声が来た方を見やると少女が鍋をかき回していた。

年齢はジードと同じくらいだろうか。
やや波の入った亜麻色の長髪をしている。

「お前は・・・うっ、げほっげほっ!」

「ああ、喉痛めてるからあまり声出さない方がいいよ。・・・はいこれ」

少女はジードに半球状の器を差し出した。中はスープで満たされている。

「ちゃんと冷ましてあるから」

三日ぶりの食事だった。ジードは一口飲んだあと一気に飲み干した。

「うまい・・・」

旨みが体に染み入るようだった。正に生き返る感覚を味わった。
その様子を見た少女は満足そうに微笑む。

「おかわりどう?」

「ああ」

ジードがスープを飲み干し、
少女がおかわりを持ってくるという光景がしばらく繰り返された。
空腹が満たされた時 鍋はすっかり空になっていた。

ジードは呪っていた人間に結局 命を救われた事に自分の無力さを感じた。
だがとにかく死の恐怖からは免れた。これからどうするか。
とりあえず恩人に礼を言っておく必要がある。

「おかげで命を拾った。感謝する」

「くすっ、変わった言葉使いね」

「お前達のリーダーにも礼を言いたい。どこにいる?」

「何言ってるの? 私は一人よ」

ジードは何気なく放った言葉だったが
返ってきた答えは全く想定を超えていた。

「一人? お前はたった一人で砂漠を渡っているのか?」

「私にとってエレミア砂漠は庭みたいな物。
 何十人と隊列を組まないと砂漠を越えられないようなヤワな人間とは違うの、私は」

他に人がいないという事でにわかに不安になった。

「この砂漠は庭みたいな物だと言ったな。
 一刻も早くこの砂漠から脱出したいのだが」

「う〜ん。ラマバードの都はここからだと遠いし」

「どこでもいい」

「砂漠を抜けたいだけなら、二つか三つオアシスを移動すれば行けるけど?」

「それで頼む」

「うん、わかった。じゃあすぐ出発する?」

「ああ」

ジードはこの少女にしばらく自分の命を預けなければならないのかと思うと情けなくなった。
だがもう少しの辛抱だと自分に言い聞かせた。

少女は手際よくテントをたたみ荷物をまとめると思い出したように言った。

「そう言えば名前。まだ聞いてなかったわね」

ジードは偽名を使おうかと一瞬考えたが
自分の名に誇りを持っていたのではっきり言った。

「私の名はジード。ジード・アイネアデス」

「アイネアデス? どこかで聞いたような・・・。ま、いいか」

ジードは少女の名前などに興味は無かったが
会話の流れもあり聞いておくことにした。

「お前は?」

少女は灼熱の陽光に照らされている事を
微塵も感じさせずに柔らかい笑みを浮かべた。

「私は・・・リアラ」

−続かない−
 



その他トップへ     コンテンツトップへ